「予防できる」ということ (生後99日目)

公開日:  最終更新日:2012/07/17

こんにちは、
久々に大阪駅に行く機会があり、
広い構内で階段を上り下りしてヒザが笑った
ちょーさんのパパスです。

昨日書いた予防接種の件で、
市の保健センターにいってきました。

ちょうど成人向けのいろいろな検診の日だったらしく、
センター内は年配の方がたくさんおられました。

とりあえず、
低確率とはいえ生ワクチンの接種によって、
重篤な障害がのこったりする危険のある種類のワクチン接種について、
たとえば自費で不活化ワクチン接種をしたい場合に
病院の紹介などはしてもらえるのかをたずねました。

すると、
応対してくれたおばさんは、
まるでコールセンターのコンピュータガールのような生気のぬけた声で、
「日本にはそのような病院はありません」と、
その親切そうな笑顔とは対照的に、
そうおっしゃいました。

「え!?」と一瞬思ったのですが、
妙に訳ありげだったのでそれ以上は聞かずに、
予防接種に関する冊子やらしおりやらをもらって帰宅しました。

「病院はありません」という言い回しがとても気になって、
冊子を読んで、自分でも少し調べてみたのですが、
どうも、
「自費での任意のワクチン接種」には、
営利目的ではない国や市の組織は関与すべきではなくて、
BCGやポリオなどの「法定接種」ではない、
「法定外接種」やその他の「任意接種」には、
万がいちワクチン接種によって望ましくない副作用が現れた場合に、
それを補償してくれるお金の出どころもちがうみたいなのです。

つまり、
「法定接種」による健康被害には
「予防接種法」にもとづいて国から補償金が出て、

それ以外の「法定外接種」「任意接種」による健康被害には、
「独立行政法人医薬品医療機器総合機構法」にもとづいて、
「独立行政法人」から補償金がでるようです。

営利目的であることに後ろ向きではない団体や行為について、
非営利の保健センターのおばさんが紹介したりするのは、
なにかとまずいことであって、
それがおばさんのあの言い回しになったのかなと、
パパスは勝手に解釈しました。
(間違ってたらごめんなさい)

もうひとつは、
単に国が未認可のワクチン接種については
健康被害補償がないので、
そういう種類のものについて紹介するのはできない、
ということなのかもしれません。

日本では、
副作用による訴訟がたくさんあって、
ワクチンの開発に消極的になっている面があるらしいのですが、
そういった政治や諸制度に関することは、
パパスにはちんぷんかんぷんであって、
石橋をたたいて渡りながら、
利用させてもらえるものは利用する、
というしたたかな姿勢であたるべきだなあと、
そういうことくらいにしか頭がまわりません。

ちょーさんの予防接種については、
パパスの両親にも話を聞いて、
接種の計画を立てようと思います。

ともあれ、
ワクチンのことをあれこれ考えていて、
一番つよく感じたことは、
「予防できる」
ということは、
とても尊いことなんだということです。
表面的には、
ワクチンを作るや作らないや、
制度がどうだとかそんなことばかりが話題になっていますが、
(もちろんそういう議論も大切だとは思うのですが)

今も昔も、
医療開発の「現場」で、
顕微鏡で目にはみえないウイルスと向かいあうひとたちがいて、
その昔にはウイルスや細菌に感染してつらい想いをしたひとたちもいて、
そういったひとたちの情熱や経験や犠牲の上に、
今のぼくたちの「予防できる」という状態があることも、
わすれてはならないなあと感じさせられます。

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