4コマ漫画エッセイ
ちょーさんの守りたいもの、
それはほかでもない、
が・ん・め・ん。
ぷぷっー!
えー、
風呂場にはいって、
パパスがシャワーをひねると、
こちらから声をかける間もなく、
率先してシャワーを浴びにゆくちょーさん。
でもそうなの。
顔面はぬらしたくないの。
後ろだけ!前はだめー!!
という具合に、
パパスに全身を濡らされるのに抵抗してか、
自分から濡れにはいくけども、
前はなにがなんでも死守しようとするちょーさん。
ためしにそっと押してみると、
くわっ!
っと目を見開いて、
『こだわってるやないの!
今ぼくこだわってるやないのーっ!』
という表情で、
静かに、でもかたくなに、濡らされまいとするのです。
顔を濡らされたくない、
という気持ちは、
パパスも小さいころそうだったので分かるのですが、
濡らされたくないがために、
あえて自分から濡れにいって、
でも守るところは守っているという、
なんとも巧妙なちょーさんの戦法。
そんな手段でこられると、
わたくしもなんだか前を濡らさないようにしてあげようかしら、
と、思ってしまうのですが、
しばらくそのまま様子を見ていると、
「ほら、ちゃんと浴びているでしょう?」
という顔で、ほんとうにしばらくそのままでいるちょーさん。
結果的には全身濡らされて、
きれいさっぱり洗われるのですが、
その前のちょーさんの無言の抵抗が、
なんともほんわかした時間を与えてくれていて、
いつものお風呂なのですが、
なんとも平和な、
いつものお風呂なのです。
ああ、
こんな光景も、
しばらくしたら見られなくなる、
いや、もう明日にはやらなくなるのかもしれない。
ちょーさんの行動を見ていると、
とびっきり和ませてくれると同時に、
いつもそんな寂しさに襲われるのですが、
永遠につづくものなんて何もない、
そんな世の中の理が、
これでもかというほど詰め込まれているからこそ、
子育ては、
その瞬間・瞬間のうれしさが、
超ド級なのかもしれません。
失われていくものを追うことは、
なんとも不毛なことであり、
(つむじも不毛ですけど)
一般論なら過去への執着による行為は、
決まって淘汰されていくものなのでしょう。
でもこればっかりは、
そのすべてをできるならありのまま、
ひとつも漏らさず記録しておきたい、
それが叶わなくても、
せめて記憶のなかに鮮明に、
いつまでも残しておきたいと、
そう思わせられます。
ママスさんとお付き合いしていた学生のころの、
ふたりで行ったいろんな場所や思い出もそうでしたが、
こどもが生まれて育っていくこと、
これもまたわたくしにとり、
かけがえのない風景です。
そんな景色に囲まれて、
不肖わたくしパパスは、
毛はないですけど、しあわせであります!
毛があったら、もうばちがあたります!
(あったほうがいいんですけど)
今は顔面を守りたいちょーさんも、
いつかパパスのように、
失いたくない毛と、
守りたい景色を見つけるのかしら。
ポッ。
(2012.10.22 UP)
この記事へのコメント
Jeg vil gjerne være med i kouknrransen din. Utrolig lekre julekuler. :)Beas rom ble utrolig søtt og lekkert! Heldige lille prinsessen! Ha en fortsatt fin adventstid!